2012年4月5日木曜日

負けないメンタルの作り方1

1:勝ちにいかない、勝負に入れ込みすぎない
自分が大学入試の一環でセンター模試を受けた時のこと
世界史の問題の一つ「この中から1つ誤りを含む文を選べ」という問題があった
比較的簡単な問題で正解の1つはすぐに分かったけれど、ここで終わりではない
「誤りが1つ」ということは「他の3つは正しい」ということで
試験本番中(授業とか自習でない、という意味では模試も本番)でありながら
文章3つ分勉強できた、まるで家で自習しているかのように

しばらくして受験本番の季節になった
同じ高校で自分よりも優秀なヤツがいたのだが
聞いた話では体調を崩して失敗してしまったらしい
そいつ以外にも大体似たような話を何人分も聞いた、みんな優秀なヤツらだった
きっと本番に向けて気分を高めて、がんばりすぎてしまったのだろう
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勝負事に挑む際には適度な緊張も必要だが
それ以上に余裕が重要、というのが自分の持論だ
たとえ本番中であっても
周りから何かを学び取ることができる
窓の外の景色を楽しむことができる
そのくらい余裕があるのが理想的

反対に
入れ込みすぎてしまうと頭の余裕が少なくなってしまう
それでは想定外なことが起きたときに頭がいっぱいになってしまう
また視野が狭くなり、大切なものに気付くのが遅くなってしまう
そうなると適切な判断・処理ができなくなってしまう

テストで例えれば、
一問目、さっぱりわからない難しい問題がでた
全部終わってないのに残りあと数分
余裕のない頭では真っ白になることだろう

カートで例えれば、
いつ滑るかわからないほど終わっているタイヤでレースに出た
とにかくスピンさせないように走らせることで頭がいっぱい=余裕がない
そんな状態でいきなりインを刺されたらどうなるか?
きちんとスピンさせずに走り続けられるか?
その上更にアウトからもかぶせられたら?
その上更にしかも後ろからつつかれたら?
その上更にしかもなんとイエローフラッグが振られているの気付いた?
余裕がある=タイヤがおいしい状態であればこんなことにはならなかったのに
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最初の受験の話に戻る
ふかは試験に受かりたくなかったか?もちろん受かりたかった
勝負に全く入れ込んでなかったわけではない
では何故余裕があったのか?
いろいろ考えられるけれど、思い返してみると

・自分なら何だかんだで最後には受かるだろ、という楽観的性格が1つ

そして
■人事を尽くして天命を待つ
・自分なりに、時間の許す限り、最善を尽くしたことが1つ
最善を尽くしたのなら
やるだけやったんだから何とかなるだろ、ならなかったらもう仕様がないさ
人事は尽くしたから天命が来るんでしょ?
自分の実力なら普通に走ってたら最後には1番になってるんでしょ?
というくらいの高慢に近い自信・余裕も持てるようになる
(あくまで自分用、本番中に限る。人前でやると単なるヤな奴になってしまうから)

さっきのカートの例で言うならば
・タイヤはベストのものを用意した
・ボルト緩みもワイヤもチェーンの張りも確認した
・これまで積み上げた莫大な走りこみ
・とそれによって得た完璧なセッティング情報
そこまでやれば
「人事は尽くしたからほっといても天明が、ポディウムが来るんでしょ?」
というくらいの自信・余裕を持てるだろうし、持って臨んだ方がレースでも上手く行く
(ただし、人事を尽くしていないときは余裕は持てても自信は持てないかも。それも悪くないが)
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別の言い方をすれば
・本番は最高の練習
・本番は練習のつもりで、練習は本番のつもりで
さらには
・本番と言えど楽しんだもの勝ち
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勝ちを捨てるわけではない
よりよく勝負に挑み、勝ちを掴み取る
そのためには勝負に入れ込みすぎない方がいいこともあるという話

万人に合うとは思わない
あくまで「こういう考え方もある」という話

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